自分の中の「権利」と「義務」~傾聴新聞 第2号~

くれたけ心理相談室大阪支部 心理カウンセラーの宇野謙一です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

 

利益を請求・主張・享受する「権利(できること・主張できること)」。何らかの行為をしなければならない「義務(すべきこと)」、いずれも法律上の権能です。

法的には、「権利」と「義務」は表裏一体で、一方の権利は、他方の義務となるため(売買契約での、商品を受け取る「権利」と代金を支払う「義務」など)、バランスが重要です。

 

法律上のことを言いだすといろいろ出てくると思いますが、たとえ法律が絡まなくても、モラル上の「権利」と「義務」が誰にでもある筈。

「誰もが分け隔てなく平等な扱いを受ける」。

これは、その典型ですね。

「分け隔てなく平等な扱いを受ける」方にとっては「権利」。

「分け隔てなく平等な扱いをする」方にとっては「義務」。

「権利」と「義務」は表裏一体で、セットで扱われるというのはそういうことですね。

 

分かりやすいのがSNS。

「誰もが分け隔てなく平等に閲覧してもらえる」訳ではありません。

内容や投稿者との親密度、目に触れやすいやり方、取り組み度、その他、様々な要因を差し引いても、投稿一つ一つに対する注目度には隔たりがあり過ぎる。

当事者としてそう思います。

 

「自分の投稿が見てもらえないのに、他人の投稿を見る必要などない」

そう思う人も多いのではないでしょうか。

 

この件での、自分の中の「権利」と「義務」。

「どんな投稿でも見てもらえる」方にとっては「権利」。

「どんな投稿でも見る」方にとっては「義務」。

「権利」と「義務」は表裏一体。

「自分の投稿が見てもらえないのに、他人の投稿を見る必要などない」

モラル上の「権利」だけを主張して、モラル上の「義務」を果たしていない。

そういうことですね。

 

私の投稿も内容の善し悪しに関わらず注目度は低いです。

正直いい気持ちはしません。

「誰もが分け隔てなく平等に閲覧してもらえる」

そうあることを望んでいます。

そして、同時に、

「自分の投稿が見てもらえないのに、他人の投稿を見る必要などない」

モラル上の「権利」だけを主張して、モラル上の「義務」を果たしていない。

そうなっていないかを自問自答しています。

 

先日の誕生日。

後で、Facebookの通知機能がオフになっていたことが分かったのですが、誰からもメッセージがありませんでした。

その方の時にメッセージを送った相手からすら。

今回は「通知機能がオフになっていた」という一応の事情はありますが、機能をオンにした今、モラル上の「義務」を果たした上で、来年どうなるか。

それが、その時点での自分の評価なのでしょうね。

 

人間、誰であろうと、他人の目にどう映ろうと、理屈の上でみっともなかろうと「気に入らない」という感情を大事にしたいし、してほしい、表に出したい、出してほしいと思うのです。

もちろん、社会的に許される範囲で。

 

いずれにせよ、法律上も、モラルの上からも、「権利」と「義務」はセットで守るべきもの。

その思いで「傾聴新聞」第2号を発行しております。

この話の続きはまた明日。

 

お楽しみ様でした。

私の投稿、注目度が低く、正直いい気持ちはしませんが、「どんな投稿でも見てもらえる」ことを望む同時に、その「権利」だけを主張して、「どんな投稿でも見る」という」「義務」を果たしていないのではと。自問自答しています。また、先日の誕生日。後で、Facebookの通知機能がオフになっていたことが分かったのですが、誰からもメッセージがありませんでした。その方の時にメッセージを送った相手からすら。今回は一応の事情はありますが、機能をオンにした今、「義務」を果たした上で、来年どうなるかが、その時点での自分の評価なのでしょうね。

投稿者プロフィール

宇野謙一カウンセラー
宇野 謙一くれたけ心理相談室(大阪支部)心理カウンセラー
くれたけ心理相談室(大阪支部)は、大阪府大阪市・八尾市を拠点に心理カウンセリングを承っております。エリア外の皆様にも、Zoomや電話等によるカウンセリングにて対応させていただいております。

カウンセリングを通じて、「困っていた問題」 が 「新たな気づきや成長へのきっかけ」となることを心から願っています。

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