深い(不快?)・理解・与え合い~他人(ひと)の身になって考える~
くれたけ心理相談室大阪支部 心理カウンセラーの宇野謙一です。
ご訪問いただき、ありがとうございます。
カウンセリングに来る人や、対人関係の問題を抱えている人には、概ね、「自分が他者に不快な思いをさせられている」という気持ちがあると思います。
「自分が他者に不快な思いをさせられている」と思うことも、その事実があるということも、決して間違いではないでしょう。
対人関係上の問題の片面には、そうした要素が必ずある筈ですから。
しかし、ここで忘れてはならないもう片面の要素があります。
「自分が他者に不快な思いをさせられている」と思う時、実は、自分自身も「自分が他者に不快な思いをさせられている」と他者に思わせているという事実があること。
たとえば、SNSにせよ、ブログにせよ、たくさんの人が、それぞれの立場で自身が思うことや伝えたいことを発信しています。
そのやり方や主張は、必ずしも目にする人全てに受け入れられる訳ではなく、否定的に受け止められることも珍しくはありません。そればかりか、目にした相手を不快にさせることすらあります。そこで、否定的な反応が出た場合、発信者に「誰がどんな受け止めをするか分からない」という覚悟がなければ、発信者自身も不快な思いをすることになります。
たとえば、職場で、それぞれの事情に配慮して助け合うのは当然でしょう。
但し、出産や子育てなどで周囲の協力や仕事を代行するなどの誰かの負担が必要となる場合、たとえ、それが職場として当然なすべき配慮であったとしても、配慮される側に「事情が事情なのだから、配慮してもらって当然」という意識しかなかった場合、少なからず、それが周囲、特に直接の負担を負う人を不快にさせることが考えられます。
嫌味を言われたり、理解を得られなかったりすることで、配慮される側には不快なことも多いでしょうが、ここで、相手の負担や気持ちを考えると、相手も精神的にも物理的にも不快な思いをしている筈です。
もしも、配慮を求められる側が、結婚や出産を望みながら叶わずにいる人なら、モヤモヤやつらいというような気持ちを逆撫でされているように感じたとしても不思議はないのではないでしょうか。
「自分を理解してほしい」「事情がある時は配慮してほしい(つらさを分かってほしい)」という気持ちは誰にでもあるでしょう。
同じその気持ちが誰にでもある筈なのに、その前提に立たず、お互いに自分の気持ちばかり尊重して主張したり、配慮を求めたりする。
自分のことには最大限求めておきながら、相手のことには理解も配慮もしようとしない。
それが、相互理解を妨げているのかもしれません。
いくら、事情止むを得ないからといって、相手の気持ちも(逆撫でしている可能性すら)考えず、配慮してもらって当然という態度では、相手も不快でしょうし、それで衝突すれば、自身も不快な筈。
いくら、自分がコミュニケーションが欲しくても、相手の熱量も考えず、相手が踏み込んできてほしくないエリアにまで踏み込んでしまっては、コミュニケーションどころか、それも衝突の原因となり、相手の拒否反応を招くでしょう。
深い相互理解どころか、相互に不快な思いを与え合っていることになりますね。
「自分を理解してほしい」「つらさを分かってほしい」という気持ちは誰にでもあるという前提を無視して、お互いに自分の気持ちばかり尊重する。
他人(ひと)の身になって考えないその態度が、不快な思いの与え合いにつながっているということですね。
他人(ひと)の身になって考え、与え合うのは、不快な思いではなく、深い理解にしたいものです。
お楽しみ様でした。

「自分を理解してほしい」「つらさを分かってほしい」という気持ちは誰にでもあるという前提を無視して、お互いに自分の気持ちばかり尊重する。だから分かり合えずに不快な思いを与え合う。他人(ひと)の身になって考え、与え合うのは、不快な思いではなく、深い理解にしたいものです。
投稿者プロフィール
- くれたけ心理相談室(大阪支部)心理カウンセラー
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カウンセリングを通じて、「困っていた問題」 が 「新たな気づきや成長へのきっかけ」となることを心から願っています。
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