もしも自己肯定感が欠如したら~自惚れ勝負~

くれたけ心理相談室大阪支部 心理カウンセラーの宇野謙一です。
ご訪問いただき、ありがとうございます。

今日投稿した謎かけがこちら。

【ととのいました 2026年5月11日】

「自己肯定感の欠如」とかけまして、
「不精」と解きます。
その心は?
「ひげ(卑下・髭)は、やめませんか?」
うのっちです💯😁

<自己肯定感の欠如>
自分の価値や能力を認められず、尊重できない心理状態。

「自分を価値ある存在だと感じにくく、失敗や短所ばかりに目が向き、『どうせ自分なんて』と考えがち」とされているのが、いわゆる「自己肯定感の欠如」。
否定的な声かけ・過度な叱責・水物の(いい加減な)評価・理想と現実の齟齬、などにより、そうならざるを得ない精神状態に陥っているのではないかという推測は、決して的外れではないでしょう。

何事も挑戦する前から諦める・他人と比較して落ち込む・失敗を引き摺り過ぎる、などというサインがよく見られるらしいです。
注意が必要なのは「褒められても素直に受け取れない」というサイン。
これに関しては、強い向上心による自分への厳しさが他者から「卑下」「自己肯定感の欠如」など誤った見方をされている。というケースがあります。
私自身、実際にそういったケースを体験しています。

強い向上心による自分への厳しさ故に、褒められても「自分は立派な人間でないから」と断固受け入れないのは、「卑下」でも「自己肯定感の欠如」でも「謙虚な姿勢」でもありません。
強い向上心を持つ人間として、それ以前に普通の人間として、当たり前のことです。
自分を客観視した結果、受けるに値しない評価は、たとえ褒め言葉であっても受け取らない。
それだけのことです。

「人はいい意味でもっと自惚れていい」と思います。
「人は自らを厳しく見つめ続けること」と思います。
どんな場合でも、「自らを厳しく見つめる」ことなく「いい意味で自惚れる」ことはできませんし許されません。
それは、ただの「独りよがり」だからです。
「いい意味で自惚れる」と「自らを厳しく見つめる」はセットです。

本当にその意味を分かっている人は、時に自分のことを後回しにし、「自分は立派な人間でないから」と他者からの高評価をお断りする(よく知らない人に一絡げに扱われたくないという気持ちもあるかもしれません)ことがあります。

自己肯定感を維持したり。自分を卑下しないために、「いい意味で自惚れる」ことは大切です。
但し、それは、「自らを厳しく見つめる」姿勢を併せ持ってこそ許されること。

2つのバランスを上手にとり、自己肯定感が欠如しそうになったら、適切な自惚れで自らの勝ちや能力を客観視し、認めていきましょう。

お楽しみ様でした。

自己肯定感を維持したり。自分を卑下しないために、「いい意味で自惚れる」ことは大切です。但し、それは、「自らを厳しく見つめる」姿勢を併せ持ってこそ許されること。2つのバランスを上手にとり、自己肯定感が欠如しそうになったら、適切な自惚れで自らの勝ちや能力を客観視し、認めていきましょう。

投稿者プロフィール

宇野謙一カウンセラー
宇野 謙一くれたけ心理相談室(大阪支部)心理カウンセラー
くれたけ心理相談室(大阪支部)は、大阪府大阪市・八尾市を拠点に心理カウンセリングを承っております。エリア外の皆様にも、Zoomや電話等によるカウンセリングにて対応させていただいております。

カウンセリングを通じて、「困っていた問題」 が 「新たな気づきや成長へのきっかけ」となることを心から願っています。

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