あんたこの異邦をどう思う~「自分だけ違う」が苦しいあなたへ~
くれたけ心理相談室大阪支部 心理カウンセラーの宇野謙一です。
ご訪問いただき、ありがとうございます。
今日投稿した謎かけがこちら。
【ととのいました 2026年7月11日】
「犯罪」とかけまして、
「外国」と解きます。
その心は?
「いほう(違法・異邦)です」
うのっちです💯😁
<犯罪>
法律で罰則が定められている「構成要件に該当する、違法で有責な行為」。
今回気になったのは「異邦」という言葉とその概念。
「異邦」とは、単純に言うと「外国・よその国」を指しますが、そこには、「自分の属する国・社会・文化圏とは異なる土地」という意味が含まれるとのこと。
「異邦人」という言葉には、文学的・象徴的に「よそ者」「疎外された存在」というニュアンスもあるそうです。
では、「国」を「価値観」に置き換えて考えるとどうなるか。
その時、「異邦」とは、「自分の価値感・社会・文化とは異なるあり方」のことを言うのでしょう。
だとすれば、自分と「価値観」が合わない「よそ者」「疎外された存在」というニュアンスを込めて批判や拒絶の対象とする相手のことが本人にとっての「異邦人」なのかもしれません。
言葉も分からない異国の地に一人でいるつらさは、想像を絶する耐えがたさだと思います。
しかし、おかしな話、わざわざ外国に出かけなくても、私たちの日常には、それぞれの「価値観」が築いている「異邦」が至る所にあり、この国にいながらにして他国に一人でいるような心細さを感じることも決して珍しいことではありません。
グローバル社会だダイバーシティだと、これだけ多様な価値観の中でどの国のどんな方々とも親しく付き合っていこうという機運が高まる中、「異邦」はすぐ身近に存在し、同じ国の人間でありながら「異邦人」として苦しんでいる人も実際にいるということです。
一人一人「価値観」が違うのは当たり前です。
何に重きを置くかもそれぞれの自由で、そこに良い悪いはありません。
問題は、自分と「価値観」が合わない相手を「よそ者」「疎外された存在」として批判や拒絶の対象とすること。
相手を自分にとっての「異邦人」として接することです。
たまたま、集団の中で一人だけ「価値観」が違っていた場合、その一人への風当たりの強さは容易に想像できます。
たとえば、その一人に、集団を離れたところで「価値観」を分かちあえる相手が今現在いないとすると、その集団にいること自体耐えられなくなるか、集団の中での自身のあり方を考えざるを得なくなるでしょう。
数が正論では決してありません。
自分の「価値観」がどうであろうと、それとは違う他者の「価値観」も受け入れて共存していく姿勢が必要だと思います。
多くの外国の方を受け入れ、良い交流を図っていこうとするこの国で、同じ国の人間同士で「異邦」や「異邦人」を仕立て上げて何になるでしょう?
一人一人「価値観」が違うのは当たり前です。
それが他者を傷つけたり利己的なものでない限り、そのことで誰からも批判や拒絶をされるいわれはありません。
「自分はおかしいのか?」などと考えなくていい。
苦しい時は、一緒に考えましょう。
お楽しみ様でした。

一人一人「価値観」が違うのは当たり前です。それが他者を傷つけたり利己的なものでない限り、そのことで誰からも批判や拒絶をされるいわれはありません。「自分はおかしいのか?」などと考えなくていい。苦しい時は、一緒に考えましょう。
投稿者プロフィール
- くれたけ心理相談室(大阪支部)心理カウンセラー
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カウンセリングを通じて、「困っていた問題」 が 「新たな気づきや成長へのきっかけ」となることを心から願っています。
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