子供の力が見えない大人~水物の評価~

くれたけ心理相談室大阪支部 心理カウンセラーの宇野謙一です。
ご訪問いただき、ありがとうございます。

最近、志賀直哉の短編「清兵衛と瓢箪」を読みました。
清兵衛という瓢箪に凝っている少年の話ですね。

自分で買って綺麗に磨いたのを10個ばかり持っているのですが、これが親にはどうにも気に入らない。
学校に持って行って授業中にも磨いたりするので、これも先生には当たり前ですが気に入らない。
ついに、学校から親に苦情が出て、学校で磨いていたのは先生に取り上げられ、家にあったのは父に全部割られてしまいます。
それ以来、瓢箪に凝るのを止めた清兵衛。
学校で取り上げられたのが、骨董屋に五十円で売れ、その骨董屋がある金持ちに六百円で売ったことは知らないままです。
今は、絵を描くことに凝っている清兵衛ですが、そろそろそれも親には気に入らなくなってきたようで…。
そこで話は終わっています。

作者が何を伝えたかったのか、私には正直分かりません。
ただ、無心で何かに凝る子供には時として測り知れない才能というか、能力が宿っているかも知れないこと。
そして、その才能が、価値の分からない大人の「水物の評価」で、こんな風に潰されていくのか…。
この二つを感じました。
学校で取り上げられた瓢箪が六百円で売れたことを清兵衛がもしも知ったらどうなるのでしょうか。
これに関しては「知らぬが仏」かもしれません。

昔も今も、子供の力は、外からは見えにくく、親ですら理解できていないことが多いようです。
自分の親を見れば分かります。
自分の息子に歌や演技や文芸の才能があることに一切気づいていませんでしたから。
もし、妹にピアノを習わせる時に、兄の私にも目を向けておれば、児童劇団か合唱団に入らせてもらい、今とは違った人生もあったような。

大人の世界でもそうですが、「水物の評価」で子供を判断するのは。基準が「目に見えるもの」に偏りやすいからだとか。
数字にできない、粘り強さ、優しさ、工夫する力などには、目が向きにくいようです。
大人になって社会に出た時のことを考えたら、本当は、それこそが、しっかり目を向けて力を伸ばすサポートをするべきものの筈なのですが。
大人の「理想像」や「期待」が、そういった強みを見つけてサポートするのを妨げているのでしょうか。

何に夢中になっているのか。困った時はどうしているのか。人との関わりはどうか。結果よりも「その過程で何をしているか」。
このあたりを観察すると、強みが見つかりやすいかもしれません。

子供のうちは、「結果よりも過程」。大人になると、「結果が全て」。
正直、聞き飽きてます。

「結果が全て」と「過程」を疎かにしていることが、不祥事だらけの今の世の中の歪んだあり方の一因でもあるだろうと考えると、「過程を大事にして結果に近づくこと」と、「他者への評価は常に水物であると自覚し、自身の基準を絶対であるとして判断しないこと」を基本の姿勢として人を見なければならないのだろうなという気がします。

大人同士でもそうですが、特に大人が子供を観察する際には、強みをしっかりと見る上でも、ここで述べた様々な心構えが必要なのですね。

お楽しみ様でした。

大人の世界でもそうですが、「水物の評価」で子供を判断するのは。基準が「目に見えるもの」に偏りやすいからだとか。数字にできない、粘り強さ、優しさ、工夫する力などには、目が向きにくいようです。大人になって社会に出た時のことを考えたら、本当は、それこそが、しっかり目を向けて力を伸ばすサポートをするべきものの筈なのですが。大人の「理想像」や「期待」が、そういった強みを見つけてサポートするのを妨げているのでしょうか。

投稿者プロフィール

宇野謙一カウンセラー
宇野 謙一くれたけ心理相談室(大阪支部)心理カウンセラー
くれたけ心理相談室(大阪支部)は、大阪府大阪市・八尾市を拠点に心理カウンセリングを承っております。エリア外の皆様にも、Zoomや電話等によるカウンセリングにて対応させていただいております。

カウンセリングを通じて、「困っていた問題」 が 「新たな気づきや成長へのきっかけ」となることを心から願っています。

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