のどの渇きに水。心の渇きにお茶〜初めての気づき〜
くれたけ心理相談室大阪支部 心理カウンセラーの宇野謙一です。
ご訪問いただき、ありがとうございます。
「のどが渇けば水を飲み、心が渇けばお茶を喫む」
子供の頃、どこかの駅のベンチの広告で良く見かけたコピーです。
子供ながらに、深い意味があるように感じ、初めてしっかり記憶に留めた言葉でした。
恐らく、「飲む」という行為一つとっても、その時その時で、目的(何のためか)や手段(何によって達成するか)が違うという気づきを、「のどが渇けば水(渇きを止める)」「心が渇けばお茶(心を癒やす)」と示されていたことから得たのだと思います。
後に心理カウンセラーを名乗るようになるとは夢にも思わなかった頃のことですが、既に何らかの下地があったのか、ただの「理屈屋」だったのか、今となっては知りようもありませんが、得て損はない気づきだったと言えるような気がします。
この言葉の意味するところは、恐らく、私が気づいたようなことを元に、「お茶」が本来何のためにあるものなのか、その本質と本当の価値だったのではないでしょうか。
これは、「お茶」に限らず、もっとも近いところで言えば、たとえば、「働くこと」についても、「のどが渇いた時の水」なのか「心が渇いた時のお茶」なのか、その捉え方によって「労働(生活や生産に必要な活動)」と呼ぶか「仕事(何かを創造・達成するための行動)」と呼ぶか(基本的には一括りに「仕事」と呼ぶことが多いと思いますが)が違ってくるのではないか。これは一つの考え方としてあると思います。
何事においても、「水」と「お茶」のように、渇いているのは「のど」なのか「心」なのか(欲するところ、目的は何か)によって様々な受け止め方や取り組み方があるということなのではないか。
当たり前のようで日頃なかなか考えの及ばないこうしたことを今回考えられたような気がします。
「のどが渇けば水を飲み、心が渇けばお茶を喫む」
改めて意味深い言葉だと思います。
お楽しみ様でした。

「のどが渇けば水を飲み、心が渇けばお茶を喫む」というコピーから、「一つの行動の意味する目的や手段は、その時その時によって違う」という気づきが得られるような気がします。渇いているのは「のど」なのか「心」なのか(欲するところ、目的は何か)によって様々な受け止め方や取り組み方があるのではないかと考えると、改めて意味深い言葉だと思います。
投稿者プロフィール
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